聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

仙台修道院 第4回協力者会総会

第4回協力者会総会の様子第4回協力者会総会の様子

 早いもので、今年で仙台パウロ家族協力者会総会も4回目を迎えました。 年に一度の総会は、2回目からは、仙台教区のカテドラルである元寺小路教会の施設をお借りして開かれています。
 4月19日(土)午後2時から、信徒ホールで、30余名の協力者が出席し、「修道会創立の源泉としての聖パウロ」というテーマで、東京から本会会員のシスター井出を講師に迎え開催されました。

 午後2時、シスター米竹の総合司会で、まず協力者会の会長から、協力者会の趣旨と歓迎のあいさつがあり、次いで仙台修道院院長・シスター青木が、講師のシスター井出の紹介を行いました。


 シスター井出は、まず、「私たちは、『使徒』というと、使徒の頭である聖ペトロとか、12使徒などを思い浮かべるかもしれませんが、ヨーロッパなど、欧米言語では、定冠詞をつけて『使徒』と言われると、それは、使徒聖パウロを指しています。聖パウロはそれほど、偉大な使徒なのです」と話し、みんなの心をぐっと聖パウロに近づけました。

 19世紀半ば、ドイツの司教様が話された「聖パウロがこの時代に生きていたとしたら、ジャーナリストになっていただろう」という有名な言葉が、当時の人々の心を打ち、いろいろな面で影響を与えました。
 パウロ家族の創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父様も影響を受けた一人です。彼はこのように言っています。「聖パウロは、私たちの導き手、創立者、父。私たちが聖パウロを選んだのではなく、使徒聖パウロが、私たちを選んでくださった」と。

 パウロは、「歩く聖人」と言われます。各地に宣教をし、教会をたて、信徒を育て、協力者をその地に残しながら、次の宣教地を目ざしました。
 今、私たちの手には、当時のコミュニケーションの手段である手紙を残しています。
 パウロについて知るためには、『使徒言行録』とパウロの書いた「書簡」があります。まず、これらに触れてみてください。

 書簡をお読みになる時には、「私のお父さんから送られてきた手紙」として読むことをお勧めします。パウロが父として、私たちがそれぞれ置かれた場で、どのように福音宣教すればよいか、光と導きを与えてくださるでしょう。

第4回協力者会総会の参加者

 教皇パウロ6世は、アルベリオーネ神父の司祭叙階60周年に際して、彼を「今世紀の一大驚異」と表現なさいました。

 アルベリオーネ神父は、「あなた方は、今日を生きるパウロになりなさい」とよくおっしゃっていました。今、聖パウロが、この、日本、仙台、皆さんの教会、家族の中に生きていたら、どのようになさるでしょうか。

 「今日を生きるパウロ」となるために、今年、パウロについて学び、知り、生きるように努めてまいりましょう。

 講話の最後は「おまけ」として、聖パウロについて、古今東西の画家が描いています。その画像を見ながら、聖パウロについてイメージをふくらませました。


 今年は6月から「パウロ年」が始まるということで、「修道会創立の源泉としての聖パウロ」については、協力者会のメンバーたちにとって、自分たちのとても聴きたいテーマの一つでした。
 そのため、最初の申し込みは27名だったのですが、前日になって、「申し込んでいなかったのですが、ぜひ」とか、当日「どうしても聴きたくなって」と参加された方もあり、準備していた資料30部では足りなくなってしまい、あわてる一幕もありました。

 講話の後、30分の祈りがあり、聞いたお話を静かに深めることができました。

 参加者は、「講話が短すぎました。もっと、もっと聞きたかったのに、残念です」という人、「元気がでました」という人、「パウロについて知らなければ、と思いました」など、さまざまな喜びの声を分かち合い、来月の「祈りの集い」での再会を約して、帰路につきました。

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