聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

プリマ・マエストラ・テクラの生涯の秘密

シスターテクラ・メルロ

 プリモ・マエストロ(アルベリオーネ神父)が、まだ修道会の姿をとる前ですが、男女の人たちがやらなくてはならないといって、まずテクラに「来なさい」と声をかける前に、テクラ自身は、劇画や今度訳された本に出ているように、他の修道会に入ろうとしていました。しかし、体があまり丈夫でないからという理由で入会できませんでした。

 プリモ・マエストロと出会い、彼が「わたしを助けてください」と言ったとき、神の声と思ってテクラ・メルロは「はい」と言っています。その「はい」の内容についてはよくわかりませんでしたが、アルベリオーネ神父にずっとついて行っています。1922年に女子修道会が始まって後も、その姿はしばらくつづきます。助言はいつも求めるのですが、一人立ちするような形で歩み出します。

 わたしたちも同じだと思います。修道会のレベルだけでなく、わたしたちパウロ家族に属する会員も、協力者会の会員として生活するときにも、精神的な指導を受けながら、あるいは自分自身が勉強しながら深めていく、その段階の中でわたしたちの姿、精神を深める時代があります。次は積極的に神様のみ旨を求めて、働くという段階がなければならないと思います。それが、女子パウロ会のシスターテクラ・メルロの中には顕著にみられます。「今後はあなたが総長です。あなたがこの修道会の母親です」と言われて彼女はそのようになっていきます。

 その段階からシスターテクラ・メルロの生活の様式が変わってきたような気がします。パターンが変わってもいつも彼女が言いつづけたことは、神のみ旨がどこにあるか、それがわかるかぎりわたしたちは前進しましょう、ということでした。1964年に亡くなった数日後に、創立者のプリモ・マエストロが彼女について説教しています。「プリマ・マエストラ・テクラの秘訣、成功……。彼女の生涯の秘密はどこにあったか。それは二つあります。一つは、謙遜ともう一つは生きた信仰です」といっています。

 深い謙遜というのはどういうことかと言いますと、謙遜であることによって寛容というか、おだやかに、ごく自然な形で、人々と接することができる。謙遜であることによって神様の声を聴く姿になっていく。わたしたちが一方的にしゃべっているときは神様の声を聴く姿勢になっていません。黙っている時に神様がわたしたちに話かけると言っています。生きた信仰というときには、信仰というのは生活の中で、ごく自然なわたしたちの日常の生活の中であらわされていると言っています。生きた信仰というのは、彼女を祈りに導いています。祈りの中に神のみ旨を確信して活動に移っています。それが彼女の生涯の一つの成功の秘訣であったといえます。

 彼女自身も生きていた時に、祈りについて一つの文章を残しています。「祈りとは何ですか? 祈りとは、キリストのうちに日常生活を生きること」つまり生きることだと言っております。キリストのうちに生きるという意味を解説して、「わたしたちの意志、感情、希望など全部を神に向けること。別のことばで言うならば、わたしたちの持っている能力は全部神からいただいていますから、それを神様のために使うこと。そのような生き方が祈りである」と、彼女自身は言っています。そのあとにつづいて、「だからわたしたちはいつも前に向かって理想に向かって、進みなさい」ということばで締めくくっています。こういう生き方というのは、彼のあるいは彼女の生き方をとおして見られる一つの目だった、これが特徴であるような気がします。

聖パウロ会 夫津木神父の講話より