聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

聖パウロとわたしたち(一)

イエズス会 粟本 昭夫神父

 聖パウロは一世紀初頭から中葉にかけて生きていた、信仰深い人でした。 ユダヤ教徒からキリスト教徒に改宗し、キリストの弟子として、当時の小アジアの宣教に寝食を忘れて専念し、当時はもちろん、後世のキリスト教に多大な業績を残した、偉大な「異邦人の使徒」であり、大聖人でした。
 この聖パウロの足跡をたどりながら、同じ信仰に生きる現代のわたしたちの心の糧を得てみたいと思います。

迫害者サウロにおこった一瞬の出来事

聖パウロ

 聖パウロの行状は、「使徒言行録」に詳しく記録されていますし、また彼の信仰、思想などは、その宣教活動の合間にいろいろな地方の教会や弟子たちに書き送った十四の書簡の中に見ることができます。
 この短い小文で十分書き記すことはできませんが、目にとまったいくつかの点を挙げてみたいと思います。

 若いときの聖パウロは、たいへん熱心なユダヤ教徒で、頭もよく勉強もよくでき、有名なユダヤ教の教師ガマリエルのもとで律法を学びました。そのユダヤ教の中から「異端者」ナザレのイエスが出て、新説を述べはじめたので十字架刑で処刑された後、今度はその弟子たちが「イエスは救い主」であったと主張しはじめたのを知り、聖パウロ(当時は、サウロと呼ばれていた)は烈火のように憤り、怒りに燃えて、生まれたばかりのキリスト教の迫害の急先鋒となり、衆議所からキリスト教信徒の逮捕状を取り寄せ、キリスト教撲滅にやっきになっていました。

 折しも、彼は迫害の毒気に包まれて、ダマスコにある教会に向かう途中でした。
 真昼ごろ、突如として太陽よりもすさまじい光線が天空を裂き、馬に乗っていたサウロを直撃したのです。キリストが天上から彼に向かって強烈な一撃を与えたのです。馬から転がり落ちたサウロの上に、「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか」という声が響き渡ったのです。激しい光線に目をやられ、何も見えなくなったサウロは、不敵にも、「おまえはだれか」と反問します。すぐにその答えは返ってきます。「わたしはおまえの迫害しているイエスである」、と。

 イエスはすでに数年前に処刑され死んでいたはずです。また、サウロが迫害していたのは死んだイエスではなく、その信徒だったはずです。なのに、その声、イエスは「わたしを迫害している」と言っています。

 この一瞬の出来事は、サウロにとって生涯忘れ得ざる激震であり、この瞬間から彼は根こそぎ変えられてしまい、サウロは人が変わってパウロになります。