聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

聖パウロと創立者(2)

聖パウロ女子修道会 Sr.ベルナルダ・カダヴィ

アルベルオーネ神父

 今回は、わたしたちの創立者ヤコブ・アルベルオーネ神父についてお話ししたいと思います。  彼は1884年4月4日、北イタリアのサンロレンツォ・フォッサーノというところに生まれました。小さい時から神に惹きつけられていることを示していて、既に12歳で小神学校に入っています。彼は思索の人、沈黙と祈りの人でした。神学生時代から、現実の社会について、特に歴史について敏感で、この世界がどのように発展していくのかということに強い関心をもっていました。

 また、熱心な読書家でした。読書をとおして世界の進歩や発展について、またさまざまな教会の問題について学び、なんとかそれに応えていきたいと望んでいたからです。わずか2カ月の間に60冊もの本を読んだと告白しています。しかしこのような読書は、同時に一つの危機的な状況へと追い込んでいったのです。若者のもつ情緒的な問題だけではなく、知的面での危機へと入り込んでいきました。それで彼は神学校から退学させられたのです。

 16歳になった時彼は再び神学校に戻りました。そのわずか数ヶ月後の世紀を分ける夜、他の神学生とともに徹夜で聖体の前で祈ります。この長い祈りのうちに世界が直面している現実、教会の司牧面でのさまざまな問題や不安をささげていました。この時、主はパウロになさったように、ご自身アルベルオーネに会いに来られたのです。復活のキリストが「わたしのもとに来なさい」という言葉をとおして呼びかけられたのです。この言葉に照らされて、彼はキリストが自分にも語りかけてくださっているということを信じました。「わたしのもとにあなたも来なさい。あなたのすべてをもって、べてを尽くして。」彼は、こう語ってくださるキリストに受け入れられ、愛されていることを感じ取りました。そして、この方のみ心を行うために全面的に自分自身をささげる準備を整えていきます。神の愛に燃やされて、教会のため、新世紀の人々のために自分自身を使っていくこと、印刷の手段や時代の進歩がもたらす手段を使っていくこと、すべての人にいのちの豊かさを見いだす可能性を与えること、このために自分は準備するよう招かれている、義務がある、と感じたのです。

 キリストは、パウロの心を燃やしたあの炎を創立者の心に灯したのです。自分と一つになってくださるキリストへの情熱、同時にキリストを告げる義務を感じさせる人々への情熱です。彼は、科学や技術の進歩がもたらすさまざまな発見に目を向け、関心を持っていきます。というのも、ほんとうに人類が真理を見いだすために働く義務が自分にはあると、いきいきと感じたからです。一体この人類はどこに向かって歩んでいるのか、何を目的としているのか、人類は救われるのだろうか、それとも滅びに向かっているのだろうか−。ここから、あらゆる手段を使ってキリストを告げ知らせる必要を強く感じたのです。

 このように、パウロとアルベルオーネ神父の二つの体験がいかに調和し、結びついているかがおわかりでしょう。一言で言うなら、主に愛されていると感じたこと、この主との出会いが自分の心に大きな炎を燃やしたということです。この炎はキリストへの愛と人類への愛の二つの炎です。特に、人類にキリストをもたらし、人々がキリストのうちに人生の豊かな意味を見いだすために働く義務を負っていると感じた、人類への愛の炎です。

 創立者はパウロの手紙の勉強をとおしてパウロと出会い、パウロと自分自身が調和している、結びついている、ぴったり合っていると感じていました。神への愛、人々への情熱、彼はまさに自分が感じていることをパウロの中に読み取っていったのです。こうしてパウロを、自分が果たすよう招かれている聖化と使徒職の模範と捉えていきます。ここからパウロとアルベルオーネ神父のかかわりの素晴らしい歴史が始まっていきます。

 創立者は、神への愛と人々への情熱という二つの炎を人生の中で果たしていくモデル、体現する聖人を探していましたから、パウロの中に聖性と使徒職を見いだした時から、パウロは創立者にとってもパウロ家族にとっても模範となっていくのです。そして彼はさまざまな体験をとおしてパウロの現存をいきいきと感じていくのです。パウロに導かれているということ、パウロが創立者をとおして何かをしよう望んでいること、言いかえれば、創立者はパウロに導かれ、突き動かされてパウロ家族を形成していきました。創立者は自分自身の個人的な体験を語るのはあまり好みませんでしたが、いくつかの言葉の中にそれが垣間見られます。例えば「彼(パウロ)は修道会の真の創立者です。彼はこの家族のために身体面でも霊的面でも力を尽くしてくれました。今それを考えるとどうしてかわからないし、説明することなどとてもできません。」

 創立者は病気を癒される体験をしました。瀕死の状態にあったある時、もう薬も医者もいらないと宣言して、実際その後、通常の生活を続けたのです。しばらくして創立者自身が「この病気を癒したのはパウロである」と言っています。これは一つの例です。彼はこれ以外にもさまざまな体験をしたからこそ、「パウロ家族のほんとうの創立者はパウロである。パウロ自身がこのパウロ家族を望んだのである」と確信するに至ったのです。わたしたちみながパウロの精神に生かされるためです。

 わたしは創立者に会う機会に恵まれましたが、よく覚えているのは彼が力をこめて「自分は創立者ではない」と言っていたことです。彼は自分のことを父親とか、創立者と呼ばれることを望みませんでした。パウロこそが真の父親、創立者、モデルであると確信していたからです。だからこう言うことができたのです。

聖パウロはこのパウロ家族をたてた創立者である。わたしたちが彼を選んだのではない。彼がわたしたちを選んだのである。わたしたちを選んだだけではなく、わたしたちを生んだのである。だから会員はみな聖パウロを父、模範、創立者と考えなければならない。ほんとうにそうなのだから。彼によってパウロ家族は生まれ、彼によって養われて育ち、彼から精神を汲んだのである。

 どれほどパウロと創立者が深く結びついているのか、合致しているのかおわかりいただけたと思います。単に個人的に神を体験しただけでなく、与えられた使命やカリスマに関しても深く一致していました。ですから、創立者が受けた賜物とは一体何だったかをここで考えてみる必要があるでしょう。

 創立者が受けた固有の賜物とは一言で言うと、聖パウロの精神、霊性をこの時代に再び生かすこと、この時代に合わせて提示するということです。創立者自身が神から受けたパウロ家族のカリスマとパウロ自身が受けた恵みは、この意味で完全に一致しています。

 創立者は自分の使命を、使徒聖パウロの神秘的なまでのキリストとのかかわりと使徒的熱意を、この現代に再び生かすことであると確信していました。

 ですから、わたしたちパウロ家族の召命はまさに聖パウロの精神を生きるということです。アルベルオーネ神父にとって、パウロ家族は今日に生きるパウロなのです。しかも社会的な体、つまり一つの有機的な組織として生きるということです。パウロはパウロ家族へと自らを変えることによって、この中で今も自分自身の働きを継続しているのです。わたしたちパウロ家族は、この高い聖性の極みに、つまりキリストとの完全な一致に達しなければなりません。「もはや生きているのはわたしではなく、キリストがわたしのうちに生きておられる」と言えるまでにです。パウロがもっていたあの宣教精神、ありとあらゆる手段を使って同時代に生きている人たちにキリストを伝えていくこと、こうしてキリストの豊かさをすべての人が見いだし、キリストに従って自分自身の中にあるさまざまな問いかけに答えを見いだしていけるようになるためです。

 教皇パウロ6世はアルベルオーネ神父の中に、まさに現代の神秘家の姿、現代の使徒の姿を見ていました。そして第2バチカン公会議の中で彼を、沈黙と観想をとおしてすべての人に到達する新しい形態を見いだした人物として称賛しています。だとすると、わたしたちパウロ家族はこの炎を引き継ぐ者、相続者であるわけです。パウロの心からアルベルオーネ神父の心に燃え移ったあの炎、それは今、わたしたちの中に灯されているのです。ですから、聖パウロと創立者のようにあの聖性、あの使徒的熱意を燃やしていくように招かれています。自分自身を、神への奉仕、人々へのよい奉仕へと変えていくことができますように。