聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

聖パウロと創立者(3)

聖パウロ女子修道会 Sr.ベルナルダ・カダヴィ

夕焼けの聖堂 十字架

 最後に、協力者と協力の形についてお話ししたいと思います。

 パウロもアルベリオーネ神父も常に、宣教の使命を果たすうえでも、祈りにおいても、出会うすべての人をこれに巻き込んでいきました。パウロにとってもアルベリオーネ神父にとっても、使徒職と聖性という二つの炎は決して区別されるものではありません。パウロは最初の宣教の旅をバルナバと一緒に行いました。2回目の宣教にはシラスとテモテが同行しました。第3回は7人の人びとが同行しています。それだけではなく、パウロは至るところでキリストを告げ知らせ、キリストに従うようになった人たちを共同体として形づくりました。彼らはみな福音を宣教する協力者、協働者となっていきました。

 アルベリオーネ神父もまた、出会う人びとの中に使徒的な熱意、宣教への熱意を目覚めさせるという素晴らしい賜物をいただいていました。彼もまた、大勢の信徒をパウロ的な宣教へと巻き込んでいきました。わたしが知る限り、皆さんはパウロ家族の協働的な協力者であるわけです。パウロの心、アルベリオーネ神父の心に燃えていたあの炎に参与する者とされているのです。そして皆さん方もこのパウロ家族に集まり、日本という社会の中にキリストの炎を燃やすために協力していらっしゃいます。信徒の協力という素晴らしい賜物なしには、パウロもアルベリオーネ神父も、そしてわたしたちパウロ家族も、わたしたちが行うように招かれているこの社会における素晴らしい働きを実現していくことはできないでしょう。

 そこでいくつかの具体的な協力の形についてお話ししたいと思います。それは、具体的にどのような形で協力の働きをすることができるかを皆さん方に知っていただくためです。

 まず、「聖パウロの協力者会」という会がありますが、これはアルベリオーネ神父が聖パウロ修道会を創立するはるか以前から考えていたグループで、社会生活の中で聖性を追求し、使徒として福音を告げていく人びとのグループです。このグループには、パウロ家族のメンバーと同じ聖性や使徒職への召命を持っていると感じる人が参加しています。この人たちは、自分たちの生活している場において、信徒としての立場を通してキリストとの一致とパウロ的使命を果たしていく人たちです。

 この会は、神からの招きによる一つの固有の召命であり、会員は社会の中にあってパウロ的なカリスマを生きていくという、固有の召命が必要です。おそらく皆さん方の多く方がこの呼びかけ、召命を感じておられることでしょう。パウロ的カリスマへの招きと、その中でのさまざまな賜物を体験しておられることでしょう。

 この協力者会会員の他に、さまざまな協力をもって働いている協労者が大勢いらっしゃいます。
 この人たちは、もちろんパウロ的なカリスマに結ばれていると感じ、自分自身が感じているキリスト者の理想をパウロ家族の理想の中に見いだすわけですが、全面的に自分自身の生活をささげるのではなく、またある種の組織として行っていくのでもなく、自分自身に与えられた可能な場と時間の中でこうした活動を行っていく人たちです。この協力のあり方にはさまざまなレベルがあります。

 まず、わたしたちの使命の中で、直接使徒職を共有していく人、つまり給料を受け取りながら自分が神からいただいている賜物、自分自身の働き、あるいはさまざまな熟練の技術をもってパウロ家族の宣教活動に参加している人たちです。このような形でパウロ的霊性に参与しています。

 それから、ボランティアとして、報酬を受けることなく、同じようにパウロ的なカリスマと結ばれてそれに共鳴し、自分自身の時間を何らかの形で福音宣教のためにささげていくケースです。それには、経済的な協力であったり、祈りの協力であったり、特定の活動に対する協力であったりします。経済的な協力とは、お金を寄付することから始まってさまざまな形の協力があります。例えば聖書を購入してそれを普及していくこと、あるいは、パウロ家族の中で基金というものがあればそこへ寄付をして奨学金などの形にしていくとか、こういったさまざまな経済的な援助をする人たちです。それは単に経済的な協力ではなく、使命に共鳴していますので、使命への協力です。

 その他にも、広い範囲でさまざまな協力者がいます。パウロ家族に好意を寄せる人たち、友情を感じている人たちです。このように、協力にはいろいろな形、広がりがあるわけです。経済的な援助、自発的な協力、自らの犠牲を通して、祈りを通して、特にパウロ家族の宣教が、本当に霊の導きに満たされたものになるように祈るなど、さまざまな協力が考えられます。

このようなあらゆる協力は神の偉大な賜物です。その賜物を受けた人たち一人ひとりにとってはもちろんそうですが、パウロ家族にとっても賜物です。皆さん方にとって神の偉大な賜物であるというのは、この協力を通して皆さん方がより深い形でキリスト者としての生き方ができるからです。洗礼の時に受けた務めを果たしていくと同時に、信仰、希望、愛において、より大きく成長することができるからです。

 こうして皆さんは、パウロ家族の中で燃えている炎、パウロ的精神に参与することができます。家庭においても、仕事の場でも、皆さん方の生き方そのものが、燃える炎を伝えていくようになるからです。皆さん方は、パウロ家族の協力者となることによって、本当の意味で使徒となります。同時に預言者、すなわち、パウロ家族から受けた光で自分が生きている現実を照らしながら、その意味を、人びとに理解させることができるからです。パウロ家族の使命に与ることによって、「あなたがたは地の塩である。世の光である」と言われたイエスの言葉を実現するわけです。皆さん方がいるところで、その働きの中で、信仰の証し人となるのです。

 この意味で、協力してこの使命に与ることは皆さんにとっての神の賜物であると言ったわけですが、これはわたしたちパウロ家族にとっても大きな賜物です。なぜかというと、皆さんは、わたしたちが到達することのできないところに神の言葉を宣べ伝えることができるので、ちょうど、広げられた手のようになるからです。皆さん方は自分たちの置かれた場所で、家庭で、職場で、家族に、同僚たちに、友人、知人にこの二重の炎、神への愛と人びとへの愛を灯していく者となるのです。

 今日の教会も、信徒一人ひとりの中に使徒としての意識、キリストの証し人としての意識を目覚めさせる必要性を痛切に感じています。神がいかにわたしたちを愛してくださっているか、またわたしたちがいかに神を愛しているかということを、証しする者としての意識です。皆さん方なしには、わたしたちは神からゆだねられた務め、今社会から求められている務めを果たすことはできません。どうか、これからも神の福音を述べ伝えていくために、皆さんのご協力をお願いいたします。ご一緒に、神と人びとへの愛の炎を広げていきましょう。