聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

私の「よいたよりの使者」

東京 イグナチオ案内所 田村祐子

シスターテクラ・メルロ

 『よいたよりの使者 シスターテクラ・メルロの生涯』を読ませていただきました。これまで聖人伝を読んでも、自分とは違う時代に、遠い国で、特別に強い信仰の恵みをいただいて特別の才を発揮した方々と捉えていました。ところが、ここで出会ったテクラ・メルロの生涯は模範となる具体的な言葉と行いに満ちていて、一語一文に留まって味わえる1冊でした。

 平凡な一信者である私も、「少しでも近づけるように、倣いたい」と思いましたし、敬愛の念をもって「プリマ・マエストラ(「第1の先生」という意味で、修道会ではシスターテクラ・メルロのことをこう呼んでいた)」とお呼びしたくなるような親しみを感じました。そして、聖パウロ女子修道会の協力者とさせていただいていることに光栄と誇りを感じます。

 アルべリオーネ神父様とプリマ・マエストラの志を受け継いで、キリストの教えをより多くの方に伝えるために一生をささげて歩まれるシスター方のご指導のもとで、喜びを持って働きたいとの思いを新たにしました。

 聖パウロに信心が篤かったのでいつの間にか“聖パウロの娘たち”と呼ばれた彼女たちが、1915年の会発足後間もない1919年1月に、創立の地アルバから離れて、フランスとの国境に近いスーザで、3年間も休刊していた教区新聞「ヴァルスーザ」第1号を発行したときのこと。創立者アルべリオーネ師の霊的指導者キエザ神父様が書き送った手紙には、当時も今もシスター方が大切になさっている精神が描写されています。

聖体にましますイエス』を『互いの一致の中心におき、愛し合い、支え合い』、『組む活字の一つ一つに、それぞれのページごとに、折る新聞の一部ずつに、あるいは宛名を書き込むごとに、この精神を吹き込み、善を行いたいとの熱に燃えている。

 私も、カトリック新聞を一部ずつ折る時、プレゼントのリボンを一つ貼る時、これを手にする方々にキリストの思いが届くように、と祈りながら作業を進めるよう心がけたいと思います。

 体調の悪さを抑えてミサにいらした帰りに立ち寄る方、友人の心を救いたいと願って訪れる方、遠方から電話での問い合わせをなさる方等々、推し量りきれないさまざまな方の思いがこの書院には集まってきます。時々どう接してよいか戸惑うほど圧倒されることもありますが、プリマ・マエストラが常に心がけていらしたという言葉の通り「各瞬間の自分の立場にあって、万事に神のみ心にかなうように、・・・自分の至らなさを知り、主がお望みになるままにお使いになれるもの」となれるように、努めていきたいと思います。

 プリマ・マエストラは信仰者としての模範も具体的に示してくださっています。印象深いのは、常に従順と謙遜の態度が揺るぎなかったこと。「いつも『はい』とおっしゃい。・・・『はい、主よ、わたしは準備ができています』とおっしゃい。・・・『はい、主よ、あなたのお望みどおりするために、わたしはここにいます』とおっしゃい」とは、「でも」「だって」の多い私にプリマ・マエストラが直接おっしゃった諭しと感じました。

 また、祈りと活動の統合という点でも、その姿勢は私の憧れであり手本にしたいと思うものでした。
 「二つの生活ではなく、統合された、すべては神を見、神を欲し、神に仕え、神を伝えるところのもの」がプリマ・マエストラの生活だったとありますし、プリマ・マエストラが常に、「イエスを所有し、愛し、どんなことでも語り合っていたので、なにかでこの会話が中断されても、またすぐにそこに帰る」ことができたという祈りの深さ、神との親しさ。そこから湧き出て姉妹たちに言う言葉は決定的に真実で、とても魅力的です。

わたしたちへの愛のためにわたしたちの糧となってくださったキリスト、そのキリストとの合体という事実は、どれほどの信仰をもって生きなければならないことでしょう。そこから出る輝きが、わたしたちの行い、言葉に反映しなければなりません。

 キリストを生きることは、厳しく大きなチャレンジであることを示すと同時に、そのチャレンジの尊さと喜びを確信した励ましに満ちていて、心で繰り返し響かせたい言葉です。使徒職の協力者としてだけでなく、信仰を生きる者として、プリマ・マエストラの言葉を深く心に刻んで歩みたいと思います。