聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

アルベリオーネ神父(1)

聖パウロ女子修道会 シスター井出昭子

聖パウロ

 これから、パウロ家族の創立者アルベリオーネ神父とわたしどもの初代総長シスターテクラ・メルロについてお話しいたしますが、はじめにお願いしたいのは、限られた時間で二人の波瀾に満ちた生涯を語り尽くすことはできませんので、詳しくはHP"Laudate"の「ルーツへの巡礼」を読んでいただければ幸いです。

 アルベリオーネ神父を語るには、カリスマ(霊の賜物)について述べる必要があります。「神はご自分のみ国の建設に必要なカリスマを、ときとところに応じて起こされます」。このカリスマは、教会の生命に参与するものであり、同時に「全人類の益のため」(Tコリント 12.17)でもあります。

 教会の歴史を振り返ってみると、カリスマの働きが特に顕著に表れた時があります。それは「教会の刷新と発展」の時であり、このカリスマの働きは、人類の歴史に大きな貢献をしていることがわかります。今、その時(教会の歴史)にさっと目を通してみると、

 さて、本会の創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父が召命を受けた、20世紀がはじまろうとしている時代に目を転じてみたいと思います。それというのも、この時代の変化を念頭におくことは、彼を理解し、彼の精神を生きようとしているわたしたちにとって必要なことだからです。パウロ的召命の特徴の一つは、現代の歴史に対する深い愛でもあるのです。歴史の必要を注意深く見つめていくことが、アルベリオーネ神父の基本的な特徴の一つです。また、わたしたちが自分たちのカリスマを創造的に生かしていくためには、現代の歴史を深く知り、愛することが必要です。

 20世紀、それは人類史の新しい時代と言われました。18世紀から19世紀にかけて起こった工場制機械工業の導入による産業の変革と、それに伴う社会構造の変革、市民革命とともに近代の幕開けを告げる出来事、産業革命は、「工業化」ということから「工業革命」とも言われています。

 19世紀の技術革命によって生まれた近代科学は、人間に大きな影響を及ぼし、人間は自分の努力の価値と可能性を信じ、自分で観察し、自分の頭で考える力を獲得したため、伝統的な宗教のあり方や道徳観は、このような時代の変化に受け入れられなくなってきていました。「道徳の断絶」は、どんな時代よりも大きくなっていました。

 アルベリオーネ神父は、社会の必要に注意を傾けると同時に、教会の必要に対しても非常に注意を払っていました。教皇レオ13世(1878〜1903)は労働者の権利を擁護し、搾取と行き過ぎた資本主義に警告を行いました。次の教皇ピオ10世(1903〜1914) は「近代主義」と「相対主義」を、キリスト教を脅かす思想として警戒しました。そしてベネディクト15世(1914〜1922)は新しいカトリック教会のあり方を模索していました。

 近代思想と科学思想のすべてを否定することで自らのアイデンティティーを保持しようとしてきた19世紀のカトリック教会は、20世紀を目前にして困惑しつつ、新世紀を迎える準備をするようにと全教会に呼びかけていました。時の教皇レオ13世は回勅「タメトゥシ・フツゥーラ」で、新しい世紀に対して一種の恐れと憐れみをもって、キリストを述べ伝える必要を強く訴えました。そのためには宣教上の飛躍が必須でした。  宣教上の飛躍−つまり、新しい時代の新しい思想は、巨大な組織的な力で印刷によりすべての人に流布されていましたが、教会はそれに手をこまねいている状態でした。
 15世紀半ば、グーテンベルグの印刷技術の普及は、マスコミの誕生の第一歩となって、大衆伝達の可能性を進めていきました。19世紀後半にはすでに新聞の黄金時代と言われるほど新聞の普及率はめざましいもので、このような組織的な力の前に、世に向かっての福音の伝達は影をひそめてしまっていました。

 1884年に生まれたアルベリオーネ神父は、神学生時代に大きな歴史の本、人類の歴史の本を毎日2〜3ページずつ読んでいました。1800年代後半と1900年代前半の歴史や社会の動きを知らずには、わたしたちの修道会の誕生を理解することはできません。この歴史を勉強しなければ、どのような意味でアルベリオーネ神父が偉大な改革者であったかを知ることはできません。彼が「社会」と言うとき何を考えていたのか、AD(創立者の霊的手記)14番には、経済的、政治的、社会的な問題とそのリストが上げられています。

 アルベリオーネ神父が聞いた講演で、社会学者トニオロ氏は、「悪に乱用されている新しい手段、印刷には印刷をもって、組織には組織をもって対抗する義務、大衆の中に福音を浸透させる必要」を説いています。この言葉は、アルベリオーネ神父に強い影響を与えたのでした。

 このトニオロ氏を、ご存知の方はほとんどおられないことでしょう。トニオロ氏は、今年5月1日、教皇ヨハネ・パウロ二世とともに福者に挙げられた一人であり、アルベリオーネ神父に深い影響を与えたすぐれた思想家、社会学者、政治学者です。Universita Cattolica の創設者の一人でもあります。「イタリアに好奇心」というブログに「経済学者も福者に」という記事が投稿されていました。

 神学生だったアルベリオーネ神父は、回勅を読み、この講演を聞き、非常に心を動かされて何かを感じ取っていました。教皇の招きによって、19世紀と20世紀を分ける夜に、聖体の前で祈った彼はこう言っています。「自分が生活を共にするはずの新世紀の人びとのために、何事かを果たすように準備する義務を負っていることを感じた」(AD17)と。このとき、新しい第一歩を踏むための、神のみ旨への照らしが与えられたのです。まだ少年であった16歳のアルベリオーネ神父の中に意識された一粒のシード(AD9)は、20世紀という世紀に育っていきました。

 アルベリオーネ神父は、著しく進歩していくコミュニケーションについて教会が教えることにも、心を留めていました。教皇レオ13世と、コミュニケーションについて述べた教皇ピオ 11世(1922〜1939)の教えなくして、アルベリオーネ神父は存在しなかったでしょう。彼は、印刷やラジオ、映画に関する教皇の教えをいつも引用していました。ADを読むと、アルベリオーネ神父が教皇のコミュニケーションに関する教えをどれほど大切にしていたかがわかります。

 また、アルベリオーネ神父は、教皇ピオ10世がとられた政治的な選択について教えるために、ある時期アルバの小教区を回っていました。そして、彼はこの社会問題についての考察を、次のように結論づけたのです。
 「地球上に常に新たになっていくこの人類は、
  どこを歩き、どのように歩き、どこに向かっているのでしょうか?
  人類は、永遠という大海に注ぎ込む大河のようです。
  救われるのでしょうか?
  永遠に滅びるのでしょうか?」
 と。
 この内面からの問いが、アルベリオーネ神父の生涯を走らせたのです。

 ところでわたしたちは、彼と同じような質問を、本気で考えたことがあるでしょうか?
 東京の街に住むわたしたちが、六本木、渋谷、新宿、池袋、銀座などを川のように流れて行く人びとを見ながら、アルベリオーネ神父の悩み、苦しみをどのように感じるでしょうか? この人たちの群れの中に留まることを、選びとるでしょうか。今インターネットを通して、また携帯やスマートフォンなどを通して交わる群れを、わたしたちは感じ取っているでしょうか。