聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

シスターテクラ・メルロ(2)

聖パウロ女子修道会 シスター井出昭子

シスターテクラ・メルロ

 ここで、アルベリオーネ神父の証言、ならびにイタリアで行ったインタビューをもとにシスターテクラ・メルロをご紹介したいと思います。

 まず、創立者はこう言っています。
 聖パウロ女子修道会の創設の準備期は困難をきわめた。修道会は、新しい使命にとり組んでいた。当時彼女は、キエザ神父から幅広い教育を受けていたので、彼女の知性と心は人びとに向かって広く開かれ、また、メディアの使用とこれに対する愛にも開かれた。その後、アルバの聖コスマと聖ダミアノ教会の最高のカテキスタとなった。その間に、キリスト教的徳の上にさらに修道的徳を積んでいった。

 50年の間、わたしはシスターテクラ・メルロと常にコミュニケーションをとっていた。彼女は、どんなに多くの犠牲があっても、わたしが指示することには決して実践を怠ることがなかった。若い女性のための小さな会を創設するにあたり彼女を招いた時、わたしは彼女に言った。「神様の愛のために!・・・・・・」これは彼女を説得するのに充分で、他の動機は要らなかった。彼女の修道生活は、このように始められ、死ぬまでこうだった。

 彼女は言葉の少ない人だった。彼女と話す人は、彼女を神の人だと感じ、心から尊敬の念を抱いた。
ララオーナ枢機卿は、「わたしの生涯でわたしが知っている限り、最も賢明な人はシスターテクラ・メルロです」と言われました。

 最後の創立「使徒の女王修道女会」に至るまで、あらゆる創立事業を援助してくれたことが思い出される。出会いの時、どんなにたくさんの勧めを与えてくれたことか!

 シスターテクラ・メルロには、ただ単に長上であったと言うだけでなく、修道会の母でもあったということを考えなければならない。主は、彼女がただ単に母であるだけでなく、修道会全体を堅固にし、修道会のいろいろな部分を監督し、どんな精神で生き、どのように使徒職を果たしているかについても監督できることを望まれた。

 シスターテクラ・メルロの秘訣は何か? それは、謙遜と信仰である。「自分一人ではなにもできない。神と共にすべてができる」ということである。そして、生きた信仰、祈りに導く信仰である。

 第二代総長シスターイグナチア・バッラは、「シスターテクラ・メルロのご生涯を見て、彼女は卓越した女性、並外れた方だったと思いますが、どうお考えですか?」と問われてこう言っています。
 確かに卓越した方でした。教皇パウロ6世が、アルベリオーネ神父を「今世紀の偉大な驚異」と言われましたが、同様にこの言葉は彼女にもあてはまると思います。いろいろな理由でそう言えます。生まれながらの資質のためにもそうですが、特にその偉大な信仰、師イエス・使徒の女王マリア・聖パウロへのあつい信心、つまりわたしたちの霊性の要となっているこれらの信心においてもそうだったと思います。彼女はそこに深く分け入って、よくわかっていました。
 その心、母の心、やさしい善良さ、その勇気、持久力の強さ。ねばり強さはそのからだの弱さと対照的にさえ見えました。確かに弱い体質でしたが、その良識と健康管理の賢さで、休息や必要な食事をとるという人間の義務をよく果たしておられました。この面でも卓越した方でした。

 長いこと本会の使命、使徒職の分野で創立者から直接指導を受けていたシスターアスンタ・バッシはこう言っています。
 大きな二つの目、とてもきれいな目で、わたしたちをじっと深く見つめました。
 シスターテクラ・メルロの偉大さは、アルベリオーネ神父のビジョン、理想を信じたということです。彼女を超えるものだったにもかかわらず・・・。恵みの働きにまったく自分を明け渡したために、教会の中で大きなことができるものにされたのです。彼女自身も、その偉大さに気づかないほどの大きなことができたのです。彼女の偉大さはそこにあります。信仰とその謙遜、その温順さです。

 聖パウロ修道会のビストルフィ神父は、こう言っています。
 アルベリオーネ神父の事業の偉大な成功は、シスターテクラ・メルロとその娘たちに負うところが大きい。シスターテクラ・メルロは他のだれよりも、アルベリオーネ神父の弟子、最も忠実な弟子だ、ということを聞いたことがある。弟子で母、と言ったらいいと思う。彼はシスターテクラ・メルロのところに週に何回か意見を聞きに行っておられた。「まず、シスターテクラ・メルロに話そう」とよく言っておられた。また、「シスターテクラ・メルロは、わたしにとって、すべての修道会の母だからだ」と。

 シスターコンチェッティーナ・ボルゴーニョはこう言っています。
 教理の本の出版を始めたころ、批判があったと聞いています。わたしがそれを彼女にお話しすると、「わたしたちにとって、アルベリオーネが言われることが福音です。言いたい人には言わせておきなさい。わたしたちはアルベリオーネ神父に従いましょう」と答えました。アルベリオーネ神父に従う、これが彼女を動かしていたものです。わたしたちにとってアルベリオーネ神父は主なのですから。主のご意志をわたしたちに告げる方だからです。

 インタビューの中で、「ひとことでシスターテクラ・メルロは、あなたにとってどういう方でしたか」との問いに、全員が語ったことは、「母」、「創立者への英雄的な従順」ということでした。

 当時、アルベリオーネ神父が、「女性は歩き始めている。これはすばらしいことだ。まことに神の賜物である・・・」と言って彼女たちにかけた信頼こそ、彼女たちを支えました。アルベリオーネ神父にとって女性は、使徒的使命において男性とまったく同列です。社会的にきわめて広い影響力をもつ召命においても、また、女性が利害や権力にいろいろもてあそばれ傷つき引き下ろされるこの世に、真理を普及するという使命においても、女性は男性と同列に立つものなのです。

 「今日の女性は今日の人間をつくっていく者でなければなりません。現代の人間の必要に手を伸べる者でなければなりません。今日の手段を使わなければなりません。」とのアルベリオーネ神父の言葉が、何万という女性がアルベリオーネ神父の開いた道に従い、彼と同じように、「主のため」また同時代の「人びとのために」何かを果たす者となりました。

 今日の人びとに、今日の女性にわたしたちは何をすることができるのでしょうか。 シスターテクラ・メルロこそ、その道を示してくれているのではないでしょうか。