聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

マリア、世界の女王(U)

アルベリオーネ神父

使徒の女王

マリアは、王であるキリストの母でり、自然において、恵みにおいて、またすべての天使、聖人にまさって栄光の女王である。マリアはわたしたちの知性を真理によって、わたしたちの心を愛によって、わたしたちの意志をその恵みと魅力によって統治したいと望んでいる。
 イエスの王国は、同時にマリアの王国でもある。この王国において、お二人にはそれぞれの役目があり、マリアにゆだねられた務めは、あわれみと善良さである。

 そこで、聖人になりたい者は、マリアに対する信心を持たなければならない。大聖人になりたい者は、マリアに対する大いなる信心を持たなければならない。マリアに、内的美しさと善い性質、やさしく謙遜で品位のある性質を乞い求めよう。

 善い性質を持つことは、たいへん大切なことである。礼儀正しく、ふさわしい態度、親切な品位を形成すること。マリアの態度は、地上においても最も高貴でりっぱであった。聖ディオニジオはマリアを見て、もし唯一神に対する信仰がなかったら、彼女を礼拝したかもしれぬ、と言ったと伝えられているほどだ。

 わたしたちは天の御母のよい子らであり、この女王にふさわしい民であるよう努めよう。女王に仕える女官や侍従たちにも、外的な美点、その役目にふさわしい何かがなければならない。尊厳性、整頓、清潔など・・・。
 マリアの主な飾りであった信望愛の三つの徳を、彼女に願おう。これらの三つの徳において、すなわちその偉大な信仰、確固とした望徳、また、彼女を完全に神のものとし、神への愛のゆえに御子をいけにえにささげるほどに、人々を愛したその熱烈な愛徳において、彼女に倣うように努めよう。

 天国で、いつか彼女のおそばにいるために、天国の最高の段階を望まなければならない。そこで、あなたがたのうちの大勢の者がすでに持っているあの決心、すなわち、聖人になりたい、早く聖人になりたいという決心を新たにしよう。この決心は、すべての人にふさわしい決心である。
 あなたがたは、あれやこれやの信心を持っているのではない。あなたがたの信心の対象は聖師イエスであり、あなたがたの教科書は聖福音書、あなたがたの糧は聖体、そしてマリアがあなたがたの母でありモデルである。

 女王であるマリアは、知性をつかさどりたいと望んでいる。彼女にわたしたちの知性の聖化を願おう。マリアが、知性によって犯される罪からわたしたちを救ってくださるように。すなわち、信望愛や貞潔、従順、謙遜などにそむく考えからわたしたちを救ってくださるように。
 マリアがわたしたちに聖なることを悟らせ、昼間は朝に立てた決心を守らせ、学問や知識のすぐれたことがらを理解させてくださるように。わたしたちの知性が、霊的読書のとき読んだ聖なることばや聖福音書やカトリック要理に含まれている真理、説教で聞いたことがらなどを思いめぐらすように。

 マリアは、心をつかさどりたいと望む。ああ、マリアを愛する者はどんなに成功するであろう! どんなに速やかに「Io sono tutta tua・・・」(わたしはすべて御身のもの…)ということを実現し、どんなに愛に進むことであろう! 
 マリアは意志をもつかさどりたいと望む。すなわち、すべての徳の実行へ、彼女の模倣へと人々を導きたいのである。わたしたちは、それぞれ自分の必要とする徳を考えて、それをマリアに願おう。

 世間においてさえ、マリアのためにと何か願われると、何でもすぐ承諾する多くの青年たちがいる。このような霊魂たちは、聖性に達するためにマリアに倣うという道をとる。「マリアとの一致」という非常に美しい本があるが、たくさんの霊魂を高め、彼らに、困難な道をも喜んで歩ませ、たやすく試練に打ち勝たせるために役立った。

 マリアを母として受けたわたしたちは、なんと幸せな者であろう! 母のない子はだれも不幸と見られ、反対に、からだのことも精神のこともすべてはからってくれるよい母を持っている子は幸せ者だと言うではないか。マリアはわたしたちに向かって、「わたしはあなたの母です」と言い、尋ねて「あなたはわたしの子ですか」と言われる。

 わたしたちの母であり女王であるマリアにおくる挨拶として、「サルヴェ・レジナ」を唱え、わたしたちを彼女の力ある保護にゆだねよう。

 マリアは世界の女王であり、あらゆる使徒職の女王である。ルルドでは、マリアが万国の女王であることを宣言する意味で、各国の旗を立てているが、これは非常に美しい考えである。マリアは全世界を聖師イエス、使徒であるイエス、王であるイエスに従わせたいと望む。マリア、この女王は、御子のみ国が、天使のことばどおりであるように望む。すなわち「その支配には終わりがない」(ルカ 1-33)と。