聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

創立100周年に向けて 「協力者会のルーツを知る」4

聖パウロ修道会 澤田豊成神父

アルベリオーネ神父

 前回は、創立40周年の原稿を書いてくれるよう創立者に依頼したことをお話ししましたが、わたしが聖パウロ会に入会した時にはもう創立者は天の御父のもとに行ってしまっておられましたので、わたしは直接会ったことはありません。

 人間とはだれでも ―創立者であればなおのこと― 列福までされてしまうとそれ以降はだんだんと神話化されていくのだと思います。アルべリオーネ神父は、それこそ聖人のような方だったと言われていくでしょう。しかし、直接生活を共にした人たちの実感はもっと生き生きとしているようです。すばらしい人であるには違いないけれど、人間としては気難しいというか、短気で怒りっぽく、忍耐力のない人であったという話も聞きます。創立者にものを頼んでも、その場で「はい」と言われることはまずなくて、拒否されるか、「ちょっと待ってください」と言われたそうです。

 さて、創立者への40周年記念の原稿依頼も拒否されました。ところが、しばらくして記念誌もできあがる頃になって、責任者が呼ばれ、メモのようなものをポンと渡されました。これが原稿依頼に応えるものだったのです。それは、創立者の目をとおして見たパウロ家族の歩みでした。できごとの連続を記しているのではなく、パウロ家族が神のみ心の中でどのようにして具体的に起きてきたのかを、創立者がふり返って記しているものでした。

 しかし、「時すでに遅し」でした。今は、コンピューター作業ですからギリギリになって差し替えることもさほど難しいことではありませんが、昔はそれこそ、活字を拾って印刷するまでには長い工程があり、突然、全部を差し替えるなどということは無理だったのです。ですから、その原稿はお蔵入りとなってしまいました。

 ところが、だんだんとパウロ家族はそのすばらしさに気づいていったのです。(つづく)