聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

創立100周年に向けて 「協力者会のルーツを知る」5

聖パウロ修道会 澤田豊成神父

 パウロ家族創立40周年に間に合わなかった創立者の原稿は、その後タイトルの頭文字をとって「AD」と呼ばれ、わたしたちにとっては創立者の著作の中で最も重要なものとして受け継がれています。この中に、協力者について書き記している箇所があります。

聖パウロ修道会が発足した後、1916年来、第三会のようなものをこの修道会に加える必要があると考えていた。つまり、パウロ的精神に基づいて、自らのキリスト教的生活をより善いものとし、祈り、活動、献金によって果たされる使徒職をこれに結びつける人々の集まりである。  (AD122)

アルベリオーネ神父

 「使徒職」とはどういうことでしょうか。創立者の説明によれば、それは、本人がキリストから遣わされた者として、何をしていてもその使徒的な意識をもって果たす活動のことです。イエス・キリストこそが、御父の唯一完全な使徒と言える方です。イエス・キリストは、遣わされた者として御父のことばだけを語り、御父の望みだけを実現していかれました。弟子たちが「先生、どうかお願いですから、わたしたちに御父をお示しください。それだけで充分です」と願ったとき、イエス・キリストは、「わたしは道であり、真理であり、いのちである」と述べ、さらに「わたしを見た者は父を見たのだ。なぜわからないのか」と言われました。

 創立者にとって使徒とはこういうことなのです。使徒職とは、師キリストの使徒としてなされる業であり、したがってキリストご自身の業です。どんな小さな活動であっても、使徒としてなされる限り使徒職なのです。
 「使徒性」はパウロ家族の中心的要素です。パウロ家族の霊性、霊的成長とは、パウロ的使徒となるための歩みなのです。したがって、パウロ家族にとっては―協力者会にとっても―霊性と使徒職は切り離すことができません。

 創立者アルべリオーネ神父は、実に広い視野をもってキリストの神秘を見つめ、使徒職を行いました。パウロ家族の構想も、すべてキリストに結びつけるという視点のもとに生まれていきました。彼は19世紀と20世紀を分ける夜を、パウロ家族の霊性と使命にとって「決定的な夜」と呼んでいます。この夜、まだ神学生であったアルべリオーネは、アルバの司教座聖堂で徹夜の聖体礼拝に参加しました。

 「ホスチアから一条の特別な光、すなわち≪みなわたしのところに来なさい≫とのイエスの招きを今までより深く理解する恵みがくだった」(AD15)。彼は、「みな」という言葉に強いメッセージを感じました。創立者が「みな」、「すべて」と言うとき、それは「すべての人」という意味だけではなく、世界全体がキリストのもとに秩序づけられ、すべての部分、すべての分野、すべての務めがキリストのみ心に従ったあり方、関わり方を育んでいくことを意味しています。それだけではなく、それぞれの人が全面的にキリストのみ心に従うようになることをも意味しています。

 「道・真理・いのち」という表現は、創立者にとってまさにこの点を表すものです。キリストがすべての人にとっての師、しかも全面的な師として受け入れられること、それがパウロ家族の使命なのです。だからこそ、その働きは修道会だけでなく、在俗的奉献生活を生きる人々、全信徒を巻き込むことが必要とされました。それは、キリストのうちに一つの体として集められ、全体として生かされるようになるためなのです。協力者は、このパウロ家族に委ねられた使命に参与し、これを分かち合っています。協力者は、パウロ家族というその体とその使命にとって、欠くことのできない「肢体」なのです。(完)