聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−

1918年の降誕祭の夜のできごと

「ジャッカルド神父の日記」より

ジャッカルド神父

 1918年12月26日、夜明けの3時ごろ、アルべリオーネ神父の大声が聞こえた。悲しい、胸をえぐるような、せっぱ詰まった声だった。
 「志願者! 監督! 先生! ピリノ、ピアッツア!」 印刷工場が火事だったのである。
 受付の娘さんは火事に気づいてマッチーニ通りに向かって走りながら叫んだ。ボラティの奥さんは飛び起きて修道院のベルを鳴らした。アルべリオーネ神父はズボン下の上にボタンのはずれたスータンをひっかけ、帽子をかぶり、素足のまま靴をはいて現場にすっ飛んだ。そのあとを、若者たちがぞろぞろ追っかけた。

 彼はまず火事に十字を切り、次いでまわりにいる人たちに祝福を与えた。火は、機械工用のストーブのまわりに燃え広がっていた。そこには紙くず、活字台、たくさんの木材が置いてあった。テーブルの上の鉛の植字資材が溶けて煙になっていた。工場の中はこの黒くて濃く分厚いむんむんとした熱い煙で満ちていた。そこへ一歩でも踏み込めば火傷し窒息しそうだった。いろいろやってみる者がいたがだめだった。

 アルべリオーネ神父は、火元がどこにあるか、どれだけ燃え広がっているのか気づかずに事務所に入り込んだが、気を失いかけて戻ってきた。もう一度ためしたが、今度は窓を一つ開けることができた。ほっと一息して植字部屋に入って行った。作業着はまだ着ていなかった。息苦しい煙の中を紙倉庫に入ろうとして活字棚のところまで行き、その棚を倒してドアのガラスを割り、そこから息を吸った。そのドアは鍵がかかっていてなかなか開かなかった。

 手当たり次第に本や靴でやってみたがだめだった。倒れたときにぶつけた膝がひどく痛んできたが、一つの箱を使ってやっと開けることができた。息を吸って紙倉庫に入り、もう一枚の窓ガラスを割った。
 もう、どうしても外に出なければならなくなり、中庭に出た。彼の顔と目は腫れあがりすっかり人相が変わり、唇と口のまわりは、吹き出した黒っぽいつばで濡れていた。受付の息子(陸軍中尉)に押し出されて二度も助けられた。

 火事がおさまったあと、アルべリオーネ神父は、煙で黒くなり窓ガラスがめちゃめちゃに壊れた印刷工場の前に立っていた。これを見た一人の神父が災害のお悔やみを述べた。するとアルべリオーネ神父は、落ち着き払ってこう答えた。
「これは、小罪に比べれば大したことではありませんよ」。