聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



信仰年に、わたしたちはパウロの精神をどう生きるか −拒絶された「パウロの信仰」−V

聖パウロ修道会 鈴木信一神父

「ドチリナ・キリシタン」
「ドチリナ・キリシタン」

 前回では、さまざまな「信仰の型」があり、最新の信仰の型は50年前に作られた「第二バチカン公会議型」で、その前にあったのは、およそ550年まえに作られた「トリエント公会議型」であったということをお話ししました。

 今から464年まえに日本にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルがもってきたのも「トリエント公会議型」の信仰でした。この型の信仰は、日本だけでなく、世界じゅうに徹底して広められました。

 みなさまは「公教要理」をご存知と思いますが、これは「トリエント公会議型」の信仰の結晶です。この「公教要理」の元は「ドチリナ・キリシタン」で、これはバテレンの人たちがヨーロッパから持って来たものを日本語に訳したものです。ですから「ドチリナ・キリシタン」と「公教要理」を読み比べてごらんになれば、言葉が多少変わってはいますが、内容はまったく同じであることにびっくりなさるでしょう。

 この「型」は500年間使われ続けましたから、これを「変える」のはたいへんなことでした。わたしたちも同じです。自分が受けた信仰の型を別の型に「変える」のはたいへん困難です。それでも、「わたしたちは少しずつ変わりましょう、前進しましょう!」という思いで信仰年が定められたのです。

 ところで、信仰年の元祖は、実はパウロです。もちろん、いちばんの大物はイエス様です。イエス様は「あなたの信仰があなたを救った」と何度もおっしゃいました。イエス様は信じることをとても大切になさいました。この意味で、信仰年の大元祖はイエス様です。

 イエス様が「娘よ、あなたの信仰があなたを救った。行きなさい」とおっしゃったとき、人びとはイエス様に対してブーイングしませんでした。みんな、信仰が大切だと思っていたのです。

 パウロも同じように、「わたしたちは信仰によって救われる。わたしたちは信仰によって義とされる」と強調しました。イエス様と同じです。ところが、パウロは大ブーイングされました。同じように信仰を強調するイエス様とパウロでしたが、イエス様はブーイングされないのに、パウロは、思いっきりブーイングされたのです。なぜでしょう? (続く)