聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



創立100周年に向けて 「パウロ家族の未来に目を向ける」U

聖パウロ修道会 澤田豊成神父

サンピエトロ大聖堂

 創立100周年に向けての三年目の歩みとして掲げられているテーマが「祝うべき、告げ知らせるべき神秘としてのパウロ家族」です。

 「祝う」という言葉は、第二バチカン公会議以来よく用いられるようになりました。公会議の意図を考慮するとき、実はこの言葉をどのように日本語に訳してよいのか、わたしは困惑を感じます。例えば、イタリア語では「ミサ聖祭を祝う」と言います。司祭がミサをささげ、信徒はそれを聞く、あずかるという形から、皆がミサを作り上げていくという意識に変わっていき、「ミサを祝う」という言い方が定着していったのです。それがカトリック教会の用語として、世界では一般用語になっています。

 しかし日本では、公会議後50年たっても「ミサをささげる」とか、「ミサにあずかる」とは言っても、「ミサを祝う」と言うには違和感があります。日本人の感性は、宗教儀式において盛大に祝ったり、叫び声をあげたり、喜び踊ったりするのとは違って、荘厳、厳粛にすることに向いているからという理由づけがよくなされます。

 しかし、それは必ずしも真実ではありません。たとえば神社では「お祭り」を行います。
 日本人は祝祭・祝うという言葉を典礼とか儀式に用いることを自然に行ってきたのです。お祭りというと血湧き肉躍るような感覚が、わたしたち日本人にはあります。ほんとうは、それをミサで感じ取るように招かれているのです。

 旧約以来イスラエルの民、教会が神秘を祝い大切にしてきたように、パウロ家族100周年を準備する三年目に、パウロ家族が神から与えられたすばらしい神秘を祝い、喜びながら、大きく成長させていかなければなりません。しかもわたしたちだけではなく、全世界のすべての人に告げ知らせるのです。この視点で、先のテーマには未来に向けた歩みが表現されているのです。 (続く)