聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



創立100周年に向けて 「パウロ家族の未来に目を向ける」[

聖パウロ修道会 澤田豊成神父

アルベリオーネ神父

 インカルチュレーションとは、それぞれの文化に、教会のありかた、いとなみ、信仰の表現の仕方を合わせていき、その中で福音が花開くようにしていく取り組みです。
 その視点から、日本に持ち込まれたキリスト教は、普遍的な福音というよりは、ヨーロッパ化されたヨーロッパ的表現を伴うキリスト教であったという否定的な言い方がよくなされます。ですが、それはヨーロッパの宣教師たちの責任ではありません。なぜかと言えば、彼らにとっては、福音の真髄とそれを表すヨーロッパ的表現手段が切り離せるわけではないからです。
 わたしたちはそれをふまえて、一体この真髄、中心にあるものは何かということを模索し続け、今の時代、わたしたちの文化に合わせていく必要があるのです。とても難しいことです。

 パウロ家族の歩みについても、まったく同じことが言えます。たしかにわたしたちは今の時代の人たちに、これからの時代の人たちに、社会的技術の進歩に、常に開かれていなければなりません。
 しかし、それに適応していけたからといって、わたしたちの歩みがパウロ家族の本来の使命に忠実であるかどうかはわからないですし、保証もされないのです。
 それを保証するものは何かといえば、一体わたしたちパウロ家族の使命は何であり、創立者はそれをどのような意味で神から受け取っていったのかということです。

 先ほどの例とまったく同じことですが、ここでもあてはまるわけです。それは創立者の著作の中に、考え方の中に隠されているわけで、それを深め、掘り下げていく以外に方法はありません。しかも、創立者にとっては、その普遍的な神からのメッセージとその時代に表現し、実践していった実際の表現手段とは切り離すことはできません。ですから、徹底して創立者の言葉や考えを見つめていくことによって、時代によって変わらないものは何なのか、創立者は何をあの時代に実現しようとしていたのかを見つめていく必要があるのです。 (続く)