聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



創立100周年に向けて 「パウロ家族の未来に目を向ける」IX

聖パウロ修道会 澤田豊成神父

アルベリオーネ神父

 わたしたちは、提示された三つの書物(創立者の著作)を結び付けていく必要があります。
 先ずは、「司牧」という点です。創立者の考え方によれば、唯一の牧者はイエス・キリスト、しかも師であるイエス・キリストだけです。この牧者であるイエス・キリストがすべての人を弟子として導くために、羊の群れを牧していく、その愛と熱意に満ちた働きが司牧です。師イエスのこの働きを実現することが教会の司牧の働きであると理解したのです。

 それは、主任司祭一人だけではまったく実現できません。司牧の働きは、小教区の中にいるすべての人に向けられているのであって、教会に来る高齢者のためだけではありません。わたしたちは、キリスト者でない人たちに向けた働きを宣教活動といいます。ですが、創立者にとっては、まだキリストの羊となっていなくてもキリストの羊である人たち、この人たちを牧することも、司牧にほかならないのです。

 この司牧の働きを全面的に実現するためには、ありとあらゆる人を使い、巻き込んでいかなければなりません。ここから、司祭はかかわりの人である必要が出てきます。  『司牧神学ノート』で驚かされることの一つは、いちばんページ数がさかれている部分が、司牧に巻き込まなければならない人たちとの具体的関係についてであることです。助任司祭との関係、小教区の司牧にたずさわっていない修道会の司祭との関係、病院、学校との関係(医師、看護師、先生との関係も)、家庭との関係、シスターたちとの関係、こういったことを細かくあげていくのです。できる限りすべての人を巻き込んでいかなければ、師イエス・キリストの司牧の働き、司祭的な務めは実現できないからです。  この時代、洗礼によって授けられる信徒一人ひとりの共通司祭職のような考え方はほとんどありませんでした。ですから、叙階の秘跡によって司祭に与えられた役務的司祭職に、すべての人が結びつけられたのです。 (続く)