聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



パウロの娘たち―その起源と歴史的発展―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

2.アルベリオーネ神父との出会い

ケラスカのアルベリオーネ広場

 創立者ヤコブ・アルベリオーネ神父は1914年8月20日、アルバのケラスカ広場に、聖パウロ修道会の前身とも言うべき少年印刷学校を開設したとき、女子の会も創立したいと考えていました。
 少年たちが印刷するパンフレット、教区報、定期刊行物、書籍は、まことの使徒職であり、司祭の説教と同じ司牧的効果がある、書かれたことばは教会を訪れる人だけにではなく、何千人もの人に読まれ、説教の実を結ばせ、またそれを持続させるための手段である、と考えていました。
 そして、女性は司祭と協力してどれほどのことができるかに言及し、女性の使命と司祭の使命は補足し合うものとして、出版が女性にも開かれている使徒職として紹介しています(『司祭の熱誠に参与する女性』5章参照)。

 アルベリオーネ神父の計画を聞いて3人の女性が集まりましたが、その中の一人にアンジェラ・ボッフィがいました。そして、1915年6月15日、ケラスカ広場に女子作業所が開始され、この日が女子修道会誕生の日となっています。彼女たちは家から通って、昼間は作業所で軍隊のための下着を縫っていました。

 アルベリオーネ神父は当時アルバの神学校の霊的指導司祭でした。その中に神学生だったコスタンツォ・メルロがいました。彼は神父を尊敬していましたが、彼の事業には参加しませんでした。しかし、妹のテレザが修道生活を希望していることを知っていたので、彼女を神父に紹介しました。テレザはトリノのコットレンゴに入会したかったのですが、体が弱かったので、家で少女たちを集めて裁縫や刺繍を教えていました。彼女は優れた洋裁師でした。

 アルベリオーネ神父との初めての出会いをテレザは次のように述べています。
「彼はわたしに、今は兵士たちのために働くが、やがて女子修道会に発展していくものを組織したいとおっしゃった。わたしはすぐに、それに対して燃やされた」(『私たちの起源』11頁参照)。
 アルベリオーネ神父との出会いが若いテレザの一生を決定し、聖パウロ女子修道会の創立を決定するものとなります。 (続く)