聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



パウロの娘たち―その起源と歴史的発展―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

3.すべて無からの創造

聖コスマとダミアノ教会

 ケラスカ広場の少年たちの印刷所だったところが今は女性の仕事場となり、下着の山とミシンの騒音の中で、「いつになったら、わたしたちの印刷の仕事を始めることができるかしら?」と話しながらも未来への希望に満ちていました。

 しばらくしてアカデミア通りに家をみつけ、仕事場と住まいを移し、書籍と典礼用品の小さな店を始めました。聖パウロ女子修道会の使徒職の歴史にとって、第一歩を踏み出したといえます。また、聖ダミアノ教会や他の教会の入り口に小さなテーブルを置き、信心の本や典礼用品が販売されました。

 良書出版は司祭的性格をもっている、主任司祭が説教壇やあるいは祭壇で、人びとの魂にしているのと同じことを彼女たちもイエスの家の入口でしている、このことはアルベリオーネ神父の信念でした。

 修道召命として、女性の良書出版への召命は全く新しいことでした。女性を印刷のために働かせるということ自体、当時としては新しいことだったのです。人びとの非難は絶えずありました。神は無からすべてを創造なさらなければなりませんでした。その仕事をはじめるのに適した要素を神に提供することが、初期の娘たちにとっては大切なことでした。それは使命の働きに対する能力よりも、神のイニシャティブに逆らわない謙遜と精神がもっと大切なことなのです。

 聖ダミアノ教会が彼女たちの小教区となり、主任司祭のカノニコ・キエザ神父が寛大な協力者となってくださいました。そこでミサにあずかり、ゆるしの秘跡を受け、聖体訪問をし、要理講座にも参加していまいた。1917年には最初の少女エミリアが入会し、あとに他の少女も続いて5人になりました。しかし、1918年にはこの少女たちも一人を残して、家に帰ってしまいます。アルベリオーネ神父の新しい事業を両親が信用しなかったため、また、印刷所の仕事は少女に向いていないという理由からでした。前途を閉ざされた全くの暗闇の彼女たちにスーザへの派遣がもたらされました。 (続く)