聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



パウロの娘たち―その起源と歴史的発展―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

4.教区新聞『ヴァルスーザ』発行

スーザ

 スーザはフランスとの国境近くアルプス山脈に囲まれた古い小さな町で、住民は現在でも6,600人と出ています。中断されていた教区新聞『ヴァルスーザ』を復刊するために、司教モンシニョール・カステッリはアルベリオーネ神父に、印刷所に娘たちを送ってくれるようにと強く要請していました。神父はそれを「善を行う好機」と捉え、彼女たちに提案しました。福音書のお告げの場面を彷彿させる会話体でテレザはそれを書き記しています。

「−教区新聞の発行と契約、組版と印刷をすることです。あなたたちにできますか?
 −どうしたらいいのでしょう。少しばかり活字を組めるのはエミリアだけです。
 −わたしたちの印刷所に行って習ってください。主と聖母が助けてくださるでしょう。
 そこでわたしたちは全員、
 −はい、ではシニョール・テオロゴ、まいりましょう。
 −では、わたしはお受けしますよ。
 −はい、どうぞお受けになってください。」 (『わたしたちの起源』18頁参照)

 彼女たちは印刷技術を知らない3人の大人と組版台をやっと操れるようになった14歳の少女です。しかも、いちばん健康だったクレリアは、その十日後スペイン風邪がもとで天に召されてしまいました。そのうえ院長のアンジェラ・ボッフィは病気になり、あたかも主ご自身がこれらのことをなさり、彼にだけ信頼をおくようにというお望みのように思われた、とテレザは述べています。

 1918年12月22日、クリスマスも間近に迫った日、彼女たちはスーザに出発しました。「あまりにも少人数で経験もなく、そこはアルバから遠いところだ」と意見する人に対して、アルベリオーネ神父は「主はこの娘たちに奇跡を行われるであろう」と言っていました。
 この言葉どおり、彼女たちはスーザに行ってすぐ、1919年1月1日『ヴァルスーザ』復刊第一号を発行したのです。 (続く)