聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



パウロの娘たち―その起源と歴史的発展―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

8.「恐れるな わたしはあなたたちと共にいる ここから照らそう・・・」

ここから照らそう

 聖パウロ広場に新しい建物が建ち、聖パウロ修道会、聖パウロ女子修道会、師イエズス修道女会の本部と使徒職の中心が置かれました。男子部と女子部は相互依存関係にあり、いずれもまだ教会の認可は受けていませんでした。
 そのころ、1923年7月、アルベリオーネ神父は重病にかかり、絶望的な状態でした。会の恩人の勧めによって、べネベッロ村で療養していましたが、その年のクリスマスには病気が悪化し重態に陥りました。

 「きわだった困難に直面して、かれは自らの行動を再検討し、恩寵の業に対して、自分の方から障害を置いていないかを反省してみた・・・」(AD151)。そして、その直後に見た夢で、一つの答えを得た気がした、と言っています。夢の中で「聖師はこう仰せられた。≪恐れるな、わたしがおまえたちと共にいる。わたしはここから照らそうと望む。罪を痛悔せよ≫」(AD152)。「≪ここから≫という一句は聖ひつから出ていた。そして力が込められていた。あたかも、師ご自身からすべての光は受けるべきだということを悟らせるかのようだった」(AD153)と。

 このときの夢を創立者はこのように理解しています。「社会主義者も、ファシストも、この世も、恐慌に見舞われて債権者たちが押しかけて来ることも、破船も、サタンも、情欲も、あらゆる面での不足も、おまえたちに害を加えることはできない。罪を犯して、わたしを追い出してはいけない。≪わたしはおまえたちと共にいる≫」(AD156参照)。

 このときから、ますます聖体に集中し、すべてを聖ひつから汲み取り、≪パウロ家族は聖体から生まれた≫と創立者は繰り返し述べています。この夢について指導司祭に打ち明けたところ、「夢かどうかは別にして、言われたことは聖なることです。それを全会員にとっての生涯のプログラムとも灯ともしなさい」との答えがありました。全世界のパウロ家族の聖堂には、このことばが掲げられています。 (続く)