聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



パウロの娘たち―その起源と歴史的発展―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

9.師イエズス修道女会の創立に向けて

Sr.オルソリーナ・リバータ

 アルベリオーネ神父は聖師から受けた光の体験の後、奇跡的と思えるような方法で健康を回復し、彼自身も特別な介入があったと感じていた恵みに支えられて(AD64参照)、以前にもまして精力的に仕事に着手しました。

 1923年にスーザとアルバの共同体が合流しましたが、両者の融合はそれほど容易ではありませんでした。スーザの共同体は若い娘たちから成り立っていて、印刷所の仕事や霊的生活、勉学などに訓練されていました。アルバの共同体の大部分は大人で、厳しい規則を好み、ほとんど家事仕事に専念していました。

 そのうちに、アルベリオーネ神父は1908年ごろから考えていて、1920年にはっきりとした決断に至ったと思われる「隠れた生活をおくり、礼拝と司祭的・典礼的使徒職に献身する修道会」創立に着手し「聖体の永久礼拝」を導入しました。

 1923年5月30日、聖体を顕示し始め、交代で礼拝するようになりました。
 1923年11月21日には、聖パウロの娘の間から二人の女性が選び分けられ.、「家」のメンバーたちに、公に発表されました。
 1924年2月10日、最初の二人に他の若い女性が合流し、その後彼女たちは修道服を着衣し、新しい名前を受けました。オルソリーナ・リバータは御摂理のシスター・スコラスチカと呼ばれ、グループの責任者に任命されました。(註オルソリーナ・リバータは師イエズス修道女会の最初のマードレであり、1946年3月31日までその任についていました。)

 アルベリオーネ神父は二つの女子修道会の目的を次のように記しています。

聖パウロの娘たちは聖師の福音のために働き、授業をし、書物を書き、普及に当たり、印刷の仕事をします。師イエズス修道女会は聖師とその役務者のために働き、礼拝、聖堂の仕事、家事仕事、刺繍、裁縫、台所の仕事をします。
                           (1924年協力者会機関紙)

 (続く)