聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



日本管区創立史―本部・支部修道院の始め―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

3.阿佐ヶ谷から乃木坂へ

乃木坂1号館

 初の訪日において、プリマ・マエストラは今後さらに四人の宣教女を送ることを約束し、その約束どおり、ローマに帰ってから、Sr.アグネス・レト(イタリア人)、Sr.エウラリア・デットーレ(イタリア人)、Sr.M.山田千鶴子(日系ブラジル人)、Sr.テクラ・ホンデラ(フィリピン人)を派遣し、9月25日に来日した彼女たちを交えて共同体は8名になりました。

 また、10月には東京の石野澪子、長崎から木村藤子(故人)、木村ナミ子が入会し、翌年1950年3月25日に大瀧玲子は受洗と同時に志願者となりまいた。5月にはSr.ジュスチーナ・ロッシとSr.リディア・メッジョラロがイタリアから来日、続いて浦上教会出身で東京勤務の深堀千代子が入会しました。毎朝ミサのために四谷からパウロ会の司祭が交代で来てくださり、日曜日のミサは一般の人々にも開放され、小さい聖堂はいつも人々であふれていました。

 1950年4月からその年の終わりまで毎月第一日曜日、阿佐ヶ谷駅の傍らのオデオン座で、一般上映前の午前8時から映画を上映し、上映前にパウロ神父か高円寺教会の野口吉松神父(後広島司教)の聖書の話があり、宣教の場としていました。

 6月30日にはSr.三武の日本で最初の着衣式があり、その同じ年8月には、プリマ・マエストラの霊名の祝日に贈呈するため、日本の修道生活や始めたばかりの訪問宣教を16ミリのドキュメンタリー映画にする撮影が始まりました。軍属のイタリア系アメリカ人の全面的協力によるもので『In Estremo Oriente』というすばらしい記録映画です。

 1950年の夏から始まった乃木坂修道院の建築は、赤坂乃木坂の小さな丘の元男爵の邸宅でしたが、風雨にさらされ荒廃していました。しかし、12月8日、この敷地の一隅に白いコンクリート二階建ての新修道院が完成し、その年のクリスマスは、この新しい聖堂で、盛大に主の降誕を祝うことができました。歓びにあふれた、シスターと志願者は一致して、翌日から大晦日までみことばを携え、訪問宣教に励みました。 (続く)