聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



日本管区創立史―本部・支部修道院の始め―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

4.最初の支部福岡修道院(1950年7月18日)

福岡修道院

 1949年10月に、聖パウロ修道会は福岡の大名町教会の敷地内に木造二階建ての修道院と書院「九州出版社」を開き、車で九州各地の教会を巡回して宣教を始め、同時に二人の師イエズス修道女会の志願者を迎えて、司祭たちの世話をさせていました。

 彼らは、教会での宣教の傍ら召命活動も行って、師イエズス修道女会とともに、聖パウロ女子修道会も紹介していましたが、そのときに出会った長崎のテレサ木村藤子とマルタ木村ナミ子は、まだ福岡には本会の支部がなかったので、東京に入会しました。

 その頃、福岡教区長の深堀仙右衛門司教から女子パウロ会招聘の話がありました。経済的には困難でしたが、長崎や福岡には召命が多いこと、長崎は原爆で焦土となり、復興の途上にあったこと、などから福岡に支部設立を決定し、Sr.エウラリアを院長に、Sr. パオラ山田、Sr. M.リディア、Sr.三武(当時ポストランティ) の4名が派遣されました。

 大名町教会の主任司祭 伊東神父は本会の使徒職に理解があり、彼の計らいで、赤坂門停留所の傍らの某建築家の小さな離れに落ち着くことができ、日本最初の支部が誕生しました。文字通り「ベツレヘム」からの出発で、司教は彼女たちの貧しさに感動し、その後市電の赤坂門停留所近く、50メートル道路に面した教区所有の土地を提供してくださいました。

 その年10月に、福岡支部最初の志願者サビナ牧山キクノが佐賀県馬渡島から入会し、1951年1月に大名町教会出身のチェチリア水島竹子、エリザベッタ手嶋照子が入会しました。

 1953年4月、創立者二度目の来日の折、聖パウロ修道会の「九州出版社」を聖パウロ女子修道会に譲渡することが承認され、5月に「聖パウロ書院」としてFSPの宣教の場となります。書院は大名町教会の敷地の東側に位置し、教会との協働が書院を通して始められました。また、出張プロパガンダや団体宣教に取り組み始め、1954年の夏には鹿児島から奄美大島にも渡り、そこで出会ったパオリーナ伊集院秀子と二人の入会者がありました。 (続く)