聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



日本管区創立史―本部・支部修道院の始め―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

11.長崎修道院設立(1960年3月25日)

長崎修道院

 殉教と潜伏の歴史をとおして信仰を育み、第二次世界大戦では原爆投下という痛ましい歴史を持つ長崎での支部設立には長い準備期間がありました。
 1957年、福岡支部から出張して、長崎公教神学校に宿泊させていただきながら、家庭宣教を始めました。この家庭訪問宣教は、司教館から来ているということで、好意的に受けとめられて、長崎支部設立のための準備となりました。

 1959年12月13日〜20日の一週間にわたり、浦上教会で聖書に親しむというテーマで、日本で初めての「聖書週間」が行われました。主任司祭(中島万利神父)やキリシタン研究家片岡弥吉氏、東京本部や福岡支部の姉妹たちによって盛大に開催され、会の精神を理解していただく機会となりました。

  また、1960年3月、山口大司教の口添えもあって、岡政デパートの岡部社長の好意で、デパートにカトリック・コーナーを開くことができました。カトリック信仰の歴史を持つ長崎の信者や司祭の間では、修道女が本を売って歩くシスターという印象はあまりよくありませんでしたが、コーナーは土地柄のユニークな宣教方法として受けとめられていました。

 シスターたちは仮住まいの生活でしたが、貧しくても喜びにあふれて使徒職に励んでいました。1962年の春、Sr.テクラ・メルロの最後の來日となる訪問のときにこの仮住まいを訪れ、この家を「ベトレヘムの小屋」と呼び、創立当初を想起させ、彼女たちを励ましました。
 新修道院の土地探しや展示会などの催しに司祭や信徒たちの多大な協力があり、1963年8月7日、ついに、長崎駅に近く、市の中心にある中町教会敷地内に聖パウロ女子修道会長崎修道院の建築が着工の運びとなりました。

 それからの50年間、パウロの娘たちは司祭や信徒の協力によってさまざまなかたちで福音宣教に奉仕してきましたが、管区全体の見直しの中で、多くの人から愛され、惜しまれながら、2013年3月31日をもって修道院を閉鎖しました。現在は協力者、パウロ家族によって宣教が続けられています。 (続く)