聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



日本管区創立史―本部・支部修道院の始め―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

12.広島修道院設立(1964年7月25日)

広島修道院 玄関

 本会が東京の阿佐ヶ谷に誕生したとき、当時高円寺教会の主任であり、本会の使徒職にも深い理解をもって協力してくださった野口吉松師は1959年司教として広島教区に赴任されました。
 広島にも聖パウロ女子修道会をと1964年末、司教座聖堂である幟町教会の主任司祭の武島師より、福屋デパートにカトリック・コーナーを開設してくれるよう依頼がありました。これが広島修道院開設のきっかけとなりました。こうして1964年7月25日、三人のシスターが派遣され、援助修道会にお世話になり広島支部創設となりました。

 1965年の夏、東京から二人のシスターが派遣され、広島市古江の借家に移りましたが、1966年にはさらにメンバーは増え八人になりました。8月末、広島平和記念聖堂である幟町教会入口に書院を開く計画が進められ、1967年9月に建物が完成し聖パウロ書院の宣教を開始しました。1968年4月には岡山教会敷地内に岡山書院を開設。ここは職員に委ねましたが、その後1998年に閉鎖されました。

 支部の活動は、呉、岩国、岡山、津山教会と、活動範囲も広がるにつれて修道院の新設が望まれ、西区庚午中の土地を購入し、1971年新修道院に引っ越しました。召命のための集いも活発になり、Sr.廣本、Sr.植木、Sr.村上道子、Sr.行宗などの新しい召命がありました。

 1969年には、山口教会の下にザビエル会館が建設され、聖パウロ書院が開設されることになりました。フランシスコ・ザビエルが訪れた由緒ある町、山口教会は山口市の観光ルートになっていましたが、1991年9月、ザビエル記念聖堂が焼失し、信徒をはじめ山口市全体に衝撃を与えました。新しくデザインされた新聖堂の落成を機に、ザビエル書院も名前を“AGORA”と改め信徒の方を責任者とし、人びとが集まる空間としての役割を担いました。

 イエズス会の協力をいただきながら続けてきた山口書院も2013年12月31日に閉じることになりました。現在は広島教区のみならず、高松教区も心にかけ、また平和記念大聖堂から発信する世界平和への祈りとともに、広島の市民と心を合わせ、世界平和のために祈り働いています。 (続く)