聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



日本管区創立史―本部・支部修道院の始め―

聖パウロ女子修道会 シスター三嶋邇子

13.鹿児島修道院設立(1967年2月23日)

鹿児島修道院

 東洋の使徒聖フランシスコ・ザビエルが日本宣教の第一歩を印したゆかりの地鹿児島に、1967年2月23日、本会の支部修道院が誕生しました。当時の教区の総人口は1,823,253名、うち信徒数は8,271名でした。支部修道院の土台を築いたのは、福岡から出張して家庭訪問宣教をした姉妹たちです。

 1954年夏、二人のシスターがザビエル教会を拠点に、鹿児島市内から、日本に復帰したばかりの奄美大島にまで宣教の足を伸ばし成果をあげました。このとき奄美の最初の召命シスタービオラ伊集院との出会いがありました。その後訪問宣教を重ねるうちに、司祭たちにもわたしたちの使徒職が認められ理解されていきました。

 1955年2月、鹿児島地区は教区に昇格し、初代教区長として里脇浅次郎司教が任命されました。1965年から車で宣教を始め訪問を重ねるうちに、司祭たちの間で、教区に書院を開いてほしいという要望が高まり、1966年11月、上荒田町に約4坪の小さな土地が見つかり聖パウロ書院がオープンしました。

 翌1967年2月、鹿児島支部修道院のために、上荒田町の根本氏宅の離れのこじんまりとした日本家屋に住むことになりました。1968年3月には山形屋デパートにセントポール・コーナー“が開設され、一般の人びとに宣教できるようになりました。デパートの使徒職開始に伴い、1969年上荒田の小さな書院を閉鎖しました。

 1974年1月25日、かねて建設中の修道院が完成し、7年間住んだ上荒田の借家から移転し、同時に修道院付きの書院を開きました。この書院は、1974年ザビエル書院が教区から女子パウロ会に委託されたため合併し、その後は「ザビエル書院」としてこの地の宣教の拠点となったため、1975年2月に山形屋デパートのコーナーを閉じることになりました。

 書院、コーナー、また訪問宣教によって四十年にわたって鹿児島教区、および大分教区との協働に務め、宣教に携わってきましたが、1995年3月31日をもって閉じることになりました。 (続く)