聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



使徒的神秘性  第10回

聖パウロ修道会 澤田豊成神父

自分に敵対する人びとに対して

「あなた方に対して、わたしは神が抱いておられるのと同じ思いを抱いている」(Tコリント 11.2)

使徒 聖パウロ

 パウロは、キリストの使徒としての福音宣教活動をとおして、すべての人を巻き込むキリストとの一致の神秘を理解し、それを生きていきました。とはいえ、パウロが伝える福音を受け入れない人もいました。しかし、その中でもパウロはキリストへの信頼のうちに彼らにかかわり続けます。ここでは、二つの例を取り上げましょう。

 一つは、パウロから離れていったキリスト者に対してです。コリントの教会やガラテヤの教会がそうです。苦労をしながら設立し、育てた教会から裏切られたのですから、人間的に考えれば、パウロがこれらの教会を見捨てても不思議ではありません。しかし、パウロは彼らのために尽力し続けます。彼らに宛てた「手紙」の存在自体がその証拠です。

 もはやキリストのうちに、「あなた方はわたしたちの心の中に生きていて、わたしたちと生死をともにするようになっている」(Uコリント 7.3)からです。だから、パウロはキリストのうちに、彼らのために苦しまずにはいられず、涙ながらに手紙を書くのです(Uコリント 2.4 参照)。

 もう一つは、キリストを受け入れないイスラエルの民に対してです。パウロは彼らからひどい仕打ちを受けていました。それなのに、パウロは彼らのことで次のように記します。「わたしには深い悲しみがあり、心には絶え間ない痛みがある」(ローマ 9.2)。「兄弟つまり肉による同族のためなら、キリストから切り離されて呪われたものとなることも厭わない」(9.3)。

 彼らは神の約束を受けた民であり、彼らなしにはキリストの体は完成しません。だから、パウロは自分に敵対する人であっても、彼らを思い、はかり知れない痛みを感じるのです。彼らの救いと自分の救いがキリストのうちに結ばれているからです。