聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



使徒的神秘性  第3回

聖パウロ修道会 澤田豊成神父

キリストに突き動かされて福音を宣べ伝える

聖パウロ

パウロの「使徒性」の源泉

 パウロはキリストから遣わされた「使徒」であることを自覚しており、熱心に福音を宣べ伝えます。「わたしはすべてのことを福音のためにしています」(Tコリント9.23)しかし、それはパウロが「強い」人であったからではなく、堅固な意思を持っていたからでもありません。パウロ自身が書いた手紙には、宣教におけるパウロの苦しみ、悩みがそこかしこに描かれています。「わたしは心で大いに苦しんだすえ、涙ながらに手紙を差し上げました」(Uコリント2.4)「日々わたしに降りかかる心配事、あらゆる地方の教会に対する気苦労があります」(11.28)。

 パウロは、繊細さ、弱さを持ち合わせていたようです。宣教のさなかで、くじけそうになったこともしばしばあったと思われます。
 それにもかかわらず、パウロはどんな苦しみの中にあっても使徒として宣教を続けます。それは、みずからの中におられるキリストの働きかけを感じ、それにあらがうことができなかったからです。「キリストの愛がわたしたちを虜にしているからです」(5.14)。逆説的な言い方ですが、パウロは弱いからこそ、内側で働かれるキリストの強い力に従わないではいられなかったのです。

 キリストとの一致は、パウロに霊的喜びをもたらしますが、人間的、現実的苦しみがなくなるわけではありません。この苦しみを突き破るまでに、見えないキリストの、内的で強い働きかけを感じ取っていたからこそ(=神秘性)、パウロは使徒としての働きを続けることができたのです。

 このように、パウロの「使徒性」は、キリストとの内的でダイナミックな「神秘的一致」からほとばしり出るものです。しかし、この同じキリストはわたしたちの中にも働いて、わたしたちを宣教へと突き動かしておられるはずなのです。