聖パウロ女子修道会 協力者会 −ともに福音を宣教するために−



使徒的神秘性  第8回

聖パウロ修道会 澤田豊成神父

キリストの体としてキリストに結ばれる

シンボル

「あなた方はキリストの体であり、一人ひとりその部分なのです」(Tコリント12・27)

 パウロが使徒的働きをとおして深めていった、教会共同体の全兄弟姉妹を巻き込んではじめて実現するキリストとの一致の神秘を、最もよく表しているのは、「キリストの体」という表現でしょう(ローマ12・4-8、Tコリント12・12-30)。

 分派争いをしたり、それぞれが受けた賜物や務めの優劣を競い合ったりしているコリントのキリスト者たちに対し、パウロは「共同体性」とも言うべきこの神秘を説明しています。「体は一つでも多くの部分があり、体のすべての部分は多くあっても一つの体であるように、キリストの場合も同じです」(Tコリント12・12)。

 教会にさまざまな人がいて、それぞれに異なった務めが与えられているのは、さまざまな部分からなる体が全体として機能するためです。それは、「神のお望み」(12・18)、「唯一の、また同じ霊の働き」(12・11)なのであり、「全体の利益のため」(12・7)なのです。

 体には、「ほかよりも見栄えがしないと思われる部分」(12・23)もありますが、「体のうちでほかよりも弱いと見える部分が、むしろずっと必要なのです」(12・22)。こうして、神がわたしたちをキリストの体として造り上げてくださり、「体のうちに分裂がなく、かえって、各部分が分け隔てなく互いのことを心し合うようにしてくださったのです」(12・25)。

 パウロにとって、キリストとの一致は、キリストの体全体の調和と一致、相互補完がなければ成り立ちません。だからこそ、パウロは、競い合い争い合うコリントのキリスト者たちに問いかけるのです。「キリストは、いくつにも分けられてしまったのでしょうか」(1・13)。

 使徒的神秘性とは、具体的な教会共同体における、このような感性をも意味しているのです。